最終話 ずるい駆け引き

イヌイさんの部屋を訪ねると、彼は私を中へ招き入れてくれた。


イヌイ
「トロイメアの姫様がこんな時間に男の元へ来るなんて……どうした?」


〇〇
「あの……」


彼といざ対面すると何を言えばいいかわからず、私は口を閉じた。


イヌイ
「……」


深い色の瞳が、私をじっと見つめる。


(言葉が出てこない……)


熱くなっていく頬を自覚して、視線を逸らそうとした時…ー。


イヌイ
「お前、俺のこと嫌いなんじゃないのかよ?」


イヌイさんから思いがけない言葉をかけられ、首を横に振った。


〇〇
「そんなことないです」


イヌイ
「へえ? でも、俺が近づくと嫌がるじゃん。嫁だなんて勝手に決めないで、だっけ?」


〇〇
「それは……」


ーーー

イヌイ
「俺の周りの女達は、たぶん料理できないしな」

イヌイ
「嫁になる以上、基本的には俺とこの先も一緒にいられるんだし、問題ないだろ?」


〇〇
「嫁なんて……!そんな勝手に決められても」

ーーー


(確かに、そう言ったけど……)


イヌイ
「〇〇?」


黙り込む私の顔を、イヌイさんが覗き込む。


〇〇
「あれは、大勢の女の人の中の一人だって言われたのが悲しくて……」

〇〇
「嫌いとか、そういうことじゃなくて……」


イヌイ
「……じゃなくて?」


(え……)


初めて聞く優しい声色に、とくんと胸が跳ねた。


イヌイ
「なあ、嫌いじゃなくてなんなわけ?」


(私は……)


こんなにも心を揺さぶられるのはなぜか、答えは一つしかなかった。

穏やかな視線に促されるように、私はゆっくり口を開く。


〇〇
「……好き、です」


勇気を出してそう言うと、彼の目が意地悪く細められた。

そして満足げに笑って、私の頭を撫でる。


(え……?)


その反応に固まった、次の瞬間…ー。


〇〇
「……!」


頬に突然キスをされ、私は驚いてイヌイさんを見つめた。

すると、彼の顔がぐっと迫り、今度は唇を奪われて……


イヌイ
「今の、もっかい言って?」


妖艶な笑みでそう言われ、頭が真っ白になる。


〇〇
「無理です……っ」


イヌイ
「なんで? もう一回」


ニヤリと口角を上げる彼は、私の反応を楽しんでいるようで……


〇〇
「……言いません」


精一杯の反抗を試みるけれど、彼はますます笑みを深くした。


イヌイ
「ふーん?」


突然、強引に彼に腕を引かれ……


〇〇
「……っ、イヌイさん……?」


気づけば押し倒されていて、艶っぽい微笑に見下ろされていた。


イヌイ
「今日は逃げなくていいのかよ」

イヌイ
「まあ、いい加減自覚しただろうし、逃げないか」


〇〇
「自覚……?」


イヌイ
「俺と会えなくなるの、寂しいとか嫌だとか、思っただろ?」


〇〇
「え……もしかして……」


(わざと突き放したっていうこと……?)


それでまんまと告白をしてしまったことに複雑な気持ちになり、眉を寄せる。


イヌイ
「怒るなよ。俺だって必死だったんだから」


(え……?)


イヌイ
「……どうしたら、お前が俺に振り向いてくれるか、すげえ考えた」

イヌイ
「女相手にこんな必死になったのは初めてだ」


〇〇
「あの、それって……」


彼の言葉に、小さな期待が芽吹いていく。


(イヌイさんも、私のこと……?)


イヌイ
「言わない。お前が言わないから」


〇〇
「さっき言いました」


イヌイ
「もう一回言ってよ、さっきの」


彼の唇が楽しげに弧を描く。


〇〇
「イヌイさん……ずるいです」


イヌイ
「今頃気づいたのかよ。覚えといて、俺、そういう男だから」

イヌイ
「でも、真面目に駆け引きするほど俺は、お前を…ー」


その言葉は、最後まで告げられないまま……

熱い吐息が迫り、やがて唇を塞がれる。


(ずるい人……)


そう思うものの、彼の艶やかな笑みに私の想いは熱せられて……

やがて陥落したように、私は彼に身も心も委ねたのだった…ー。




  • 最終更新:2018-01-13 00:19:09

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