第8話 忍び寄る影

従者さんはひどく慌てた様子で、転がるように部屋へ駈け込んできた。

従者「王子、これをご覧ください……!」

従者さんが持ってきたのは、一枚の号外だった。

ミリオン「!」

見出しを目にしたとたん、ミリオンくんの表情がにわかに固くなる。

(これは……)


「――シンセア国の美しき王子ミリオン……笑顔の裏に隠した黒い疑惑」


号外には、ミリオンくんの外交政治について、悪意に満ちた記事が綴られていた。

従者「何者かによって、この記事が国中に配られています……!」

ミリオン「ここまで具体的に情報をリークするってことは……。 司法の場でも勝てるよう、ちゃんと証拠もでっちあげてるってことだろうね」

慌てる従者さんに向かって、ミリオンくんが冷静に告げた。

従者「ミリオン様……それでは、お認めになるのですか!?」

ミリオン「こんな時は、言い訳をするほど泥沼にはまるんだよ。 今まで通り、僕はやるべき公務に取り組むだけだ」

従者「……」

(大丈夫なの……?)

思わずミリオンくんを見つめてしまうと、彼は深いため息を吐いた。

ミリオン「……あーあ、油断した。お前に構い過ぎたかな」

〇〇「え……」

ミリオン「こんなこと何でもない。お前が気にすることは何もないんだ。 いいね?」

彼は両手を腰に当てながら、私に念を押すようにそう言った…-。


……

それから、瞬く間に数日が過ぎていった。

時間を見つけては街へ視察に行き、民の声に耳を傾けていたミリオンくんだったけれど……

ミリオン「この書類、回しておいてくれ」

従者「……かしこまりました。メスキナ国の大使より、謁見の依頼が来ておりますが……」

ミリオン「ああ。今は、都合がつかないと」

ミリオンくんは誰にも会おうとせず、城で働く人達とさえ、どこか距離を取り始めていた。

従者「では、そのように書状をお送りしておきます……」

ミリオンくんの下で働くことを、心から喜んでいた家臣達は、まるで腫れ物に触れるように、戸惑いながらミリオンくんと接していた。

(このままじゃ、皆があの記事をうのみにして、ミリオンくんから心が離れてしまう……)

〇〇「ミリオンくん……」

ミリオン「……何?」

書類に目を落としたまま、ミリオンくんがぶっきらぼうに答える。

〇〇「お茶を淹れたから……冷めないうちに少し休んで?」

お皿にクッキーを添えて、そっと机の上に置く。

ミリオン「……ああ」

ミリオンくんは顔を上げず、粛々と一人で仕事に取り掛かるのだった。

〇〇「……ミリオンくん。皆さんに、きちんと話しませんか?」

ミリオン「話? 必要ないよ。言っただろう、言い訳をする方が泥沼にはまるって」

〇〇「でも……このままじゃ、状況が悪くなって……」

ミリオン「だから大丈夫だって。こんなこと、今までだって何度もあったんだ。 ほとぼりが冷めれば収まる。 それより…-」

〇〇「え……」

気づいた時には、ミリオンくんに手を掴まれていた。

ミリオン「……」

〇〇「ミリオンくん……?」

今まで何を言っても揺るがなかったミリオンくんの瞳が、少し不安の色を帯びている。

ミリオン「……いや。何でもない。 この状況じゃ、逆にお前の立場を悪くする可能性がある。今はなるべく部屋にいろ」

〇〇「……? はい……」


……

王子の笑顔が消えたシンセアは、経済的にも下降の一途を辿り…-。

閉塞感が漂う中、人々の心に国への不信が生まれ始めていた。

従者「〇〇様宛てに、お手紙が届いております」

〇〇「……私に?ありがとうございます」

差出人の名はなく、不思議に思いながら封を開くと…-。

「――ミリオン王子の黒い噂について、訂正記事を書いてほしくば、一人でこの場所へ来い……」

(まさか……あの記事をリークした人からの手紙?)

私は手紙をもう一度読み返し、その内容に確信を抱く。

(ミリオンくんが、すべてを賭けて守ってきたこの国が……。 このまま傾いていくのを見るのは、どうしても嫌……!)

私は約束通り、書面にあった場所へ一人で向かうことにした…-。

  • 最終更新:2017-02-26 14:06:37

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